UTMF(Ultra Trail Mt. Fuji) 2014 前編

2014年4月25日。ついにこの日が来てしまった。

UTMFことウルトラトレイルマウントフジ。

日本でトレランのレースに出たことがある人なら、知らぬ人はほぼいないであろう、富士山の周りをぐるっと1周走るウルトラトレイルレース。

その距離は、100マイル。
ただし、山のレースということもあり、正確に100マイル(160km)ちょうどいうことはなく、今年は169km。
コース設計・設営が、毎年関係各所との調整につぐ調整でかなり大変のようで、去年は今年とは逆周りで161kmだった。
そう。なんと8km走る距離が伸びている。

今まで100マイルのレースに出たことはなく、人生最長距離のレースであることは間違いないが、100km以上のトレイルレースは二度走ったことがあり、いずれも余裕があったため、UTMFも前半無理をしなければ完走はできるとタカをくくっていた。

練習でも、ここ2ヶ月ほどは山へ足を運ぶ機会もそれなりに多く、足の調子は絶好調とはいかないものの悪くはなかった。
ただし、長い距離を走る練習ができておらず、一度には最長で40km弱程度しか走っていないのが唯一の不安点だった。

*********

そして、レース当日。
10時から受付開始だったが、それより少し前に現地着。
受付を済ませ、ゆっくりと着替えたり、出店(食べ物系が少なかったのが残念)を冷やかしたり、携行品チェックを受けたり、ドロップバッグを用意したり、仲間と話したりしてスタートの15時を待つ。覚悟はしていたが、結局仮眠はとれなかった。

会場に着いて5時間後にスタートということで、スタート時には今から丸2日近く走るという現実感が全くない。そんな中、多少の高揚感とともにスタート。

後ろのほうに並んでいたということもあり、スタートするまで結構な渋滞。みんな鏑木さんらとハイタッチしたいらしく、急ぐそぶりもない。
まぁ先は長いからね。

ただ、電車のラッシュが何よりも嫌いな自分は、一刻も早く自分のスペースを持って走りたくて、最初の数キロはストレスだった。

4kmあたりから上りがスタート。先が長いこともあり歩く人が多い。
前半は極力抑えようと思ってはいたが、さすがに上り全てを歩くほどではないので、ゆっくり走って、歩いてを繰り返す。

A1の富士吉田(18.2km地点)に着いた時は当たり前だが元気満々。腰のある吉田うどんを美味しくいただいた。

しかし、このエイドでいきなりお腹に異変。スタート地点でしっかりトイレは済ませて来ているのに。先行きに不安を残した。
前々日の水曜日に多量ではないがアルコールを飲んだことを後悔。。。

A1を後にして、前半の最高峰である杓子山を目指す。
ここでも、ゆっくり走って、歩いての繰り返し。
途中たまたま話しかけた相手が、韓国生まれで現在メルボルンに住んでいる方。楽しい時間ではあったが、その人が上りが早かったため、ややオーバーペース気味になってしまったかもしれない。

杓子山に着く前に日没。耳が隠れる帽子は持ってきていたが、キャップは持ってこなかったので仕方なく頭に直にライトを装着。
身体がまだまだ元気だというのもあるし、この辺りは何度も通ったことがあるエリアということもあり、心に余裕がある。
杓子山山頂も意外に近かった印象。もちろん山頂で鐘を鳴らす。

しかし、下りで問題発生。
電池代をケチって、使いかけの電池をライトに使っていたため、暗くて足元が怪しい。怖くて得意な下りでまったく飛ばせない有様。
さらに、まさかこんな序盤で、つまづいた瞬間に左足のふくらはぎが攣った。まだまだ先は長いのに不安が募る。
A2の二十曲峠に着いた時には精神的に疲れていた。

電池はケチるべきでなかった。
これは死活問題だ。

A2では誰にも知り合いに会えずテンションが下がるも、電池を替えのものに入れ替えて光量一気にアップの状態でA3を目指す。
前の区間のストレスを吹き飛ばすように快調に走る。
ふくらはぎもあれ以降は攣らずに済んでいる。
抑えながらも、ロード区間でも前のランナーをつかまえながら前へ前へ。

A3の山中湖きららにもだーれも知り合いがいない。
寒くはなかったが、冷たいものを飲み続けると胃腸がやられそうだったのでコンソメスープをいただく。その他、去年もあったコロッケを食す。

A3~A4間は細かい(とは言ってもそれなりのキツさの)上りが細めにある。
前後のランナーと離れて、途中30分ほど誰とも会わないところもあった。

A4のすばしりで久しぶりに知り合いのランナーと遭遇。
まだ55kmとは思えない疲労感。
先に進むのがやや怖くなり、ゆっくりと休む。

A4でゆっくりと休んだにもかかわらず、次のA5太郎坊までの道のりは非常に厳しかった。
身体に力が入らなくなり、気持ちも悪くなった。

原因の1つは寒さ。身体の表面はさほど寒く感じなかったのだが、身体の中身、内臓が冷えてしまったことで身体の動きが悪くなった。
途中で腹巻きと薄手のダウンを着込んでやや復活したが、もっと早くから着込むべきだった。

もう1つの原因はおそらくエネルギーの枯渇。前半からお腹の調子がいまひとつだったこともあり、エイドで食べる量も少なく、かつ、ジェルも大して摂っていなかった。
少しずつ足りなくなってきていたエネルギーがついにこの区間で枯渇してしまったのかもしれない。

そして、最後の1つ。前半の上りで足を使い過ぎたようで、上りのスピードがガタっと落ちた。
抑えたつもりだったが、やはり上りの足、特に太ももの耐久力がまだまだ足りないことを思い知った。

フラフラの状態でA5太郎坊に辿り着き、いてもたってもいられず少し食べ物を摂ってから、仮眠をとる。
寝すぎないよう携帯で目覚ましをかけるも、レース中の緊張感のせいか10分も眠りに落ちることはなく、うつらうつらした程度。
それでも1時間ほど横になったおかげで体力はやや回復。

A6の水ヶ塚公園までは5.9kmと短いこともあり快調に進む。この間で夜が明ける。この区間あたりから電池がもたずライトも暗くなっていたので助かった。
お腹の調子もなんとかごまかしごまかしここまで来たが、再び異変をきたしトイレに駆け込む。
エイドのカツサンドが余計だったか。。

次のA7こどもの国では、ドロップバックを受け取れるという楽しみがあるし、そこまでは下り基調のため、お腹を気にしながらも比較的元気に進む。

A7では顔を洗い、再びトイレに籠り、着替えて、リフレッシュ。
知り合いのランナーにも会えた。富士山もキレイだ。

ようやく半分。
次のA8西富士中学でゆっくり休む予定だったので、ここは早々に出発。
したつもりだったが、実際は40分ほどは滞在していた。

<後編へ>

サブコンテンツ