UTMF(Ultra Trail Mt. Fuji) 2014 後編

続くW1粟倉までの14.4kmまでのダラダラとした下りがキツかった。
一つはお腹が気になっていたというのもあるが、今思うと、エネルギー切れの状態だったのだろう。
お腹が気になるとどうしても食べる量が減ってしまいがち。

W1では椅子に座って小休憩。
そこからA8までは地図では緩い下りのように見えるが、実際は細かいアップダウンのある鉄塔沿いの道で、かなりしんどかった。

A8西富士中学校に辿り着いたら、食べるよりも先に仮眠へ。これは疲れていたのもあるが、後になればなるほど混んできて寝にくくなることを恐れてのこと。実際、30分もすると休憩所となっていた体育館はかなり人が増えてきていた。

ここでもほぼ寝れず。しかし、この先の天子山塊に向けて少しでも体力を回復させようと、結局2時間以上エイドに留まっていた。

A8出口で携行品(携帯、サバイバルブランケット、詳細地図)と荷物の重量チェックを受け、いざ、後半のクライマックス天子山塊へ。
毎年名物となっている福田六花さんのドクターチェックは今回はなかった。コースが変わって短くなったからだろうか。
(後で仲間に聞いたところによると、時間帯によってはドクターチェックはあったらしい)

前のエイドでゆっくり休んだとは言え、上りの足は相変わらず死んだままで、天子山塊への上りは後ろの人が近づいてきたら先にいってもらうの繰り返し。自分より上りが遅い人は数えるほどしかいなかった。
足もつらいが、いちいち横によけて抜いてもらわなければならないのは、時間のロスにもなるし、何より精神的に疲れる。

取り柄の下りの足も、疲れからかこの区間ではたいして発揮できなかった。

途中STYのトップ選手達に抜かれる。トップ選手といえど、さすがに天子山塊の上りは歩くということに安心した。当たり前なのか。

この区間あたりからジェルを極力1時間に1つはとるよう意識。実際は1時間半に1つぐらいだったが。ジェルをとってしばらくすると少し力が入るようになるのを実感できた。

天子ヶ岳までのキツい上り。次の長者ヶ岳は楽だったが、そこから細かくもキツい上りが続き、誰もがこれが最後の山頂だと何度も思いながら裏切られを繰り返す。できることならライトは使わずに天子山塊を乗り切りたいと思ってはいた。途中それを諦めかけつつあるところでようやく最後の山頂に到着。

そこからの下りは元気満々。今まで下りの足も怪しかったのが嘘のように、ブイブイ飛ばして、上りで抜かれた人にはほぼ追いつけた状態でA9に辿り着けた。

A9麓。天子をクリアしたランナーを迎えてくれるのだから、さぞやゆっくり寛げるエイドだろうと期待していたら、意外とそうでもなかった。しかし、ここで大勢のボランティアや応援に来ている仲間に会えて元気を貰う。
暖かいものをとりたくて、味噌汁を食す。箸がないとワカメがコップにへばりついて食べにくい。ワカメには要注意。
とりあえず一番長時間エイドに寄れないであろう区間で、途中携帯トイレを使うこともなく終えられて一安心。

A9を出て200mほど行ったところで、携帯コップをエイドに忘れてきたことに気づき引き戻す。仲間に会えた安心感から気が緩んだのだろうか。

この区間の前半に舗装路っぽいところが数キロほどある。
そこをぼぉっと走っていたら前に誰もおらず、コースを示すテープも見当たらない。すると後ろから凄いスピードで自分を抜いていくランナーが。そこから100mほど進んでも相変わらずテープはない。
どうやらミスコースしたらしいと思い、後ろから着いて来ていた二人のランナーを待って一緒に引き返す。すると数百メートル行ったところに曲がる箇所があった。傷が浅くてよかったが、猛然と先に進んでいったランナーは大丈夫だっただろうか。

キツい区間が終わったとはいえ、この区間にも約1500mの竜ヶ岳が待ち構えている。その途中にある、端足峠までの九十九折の上りがキツかった。
そこから竜ヶ岳までも楽ではなかったが、直登気味の上りのほうがまだ楽に感じた。
竜ヶ岳からの下りも元気が残っており、それなりに飛ばせたが、厚着のままだったから下り終えた時には汗だく。
ただ、1箇所路面が凍っているところがあり、止まっていたランナーに気をつけるよう言われたにも関わらず見事にすっ転び、ドロドロになってしまった。
A10本栖湖までの4km弱のロードは歩いたりゆっくり走ったり。

A10本栖湖は狭くて人が溢れかえってた。食べ物をとるにもランナーをよけるのに一苦労なほど。仮眠部屋が男女合わせて3-4個用意されていたが、どこも人、人、人。サポートにかけつけてくれた仲間から卵スープやらバナナケーキをもらって腹ごしらえし、人で溢れた仮眠部屋へ。野戦病院のようで、毛布はあれど異臭が漂ってるし、隣の人ともぶつかるし、うるさいし、到底眠れたものではないが、それでも横になる効果をここまで身に染みて感じていたのでじっと耐えて1時間ほど過ごす。

ここにきて、A7のドロップバッグに大量に余っていたジェルを返してしまったことを後悔し始めていた。あの時はジェルの大事さを実感していなかったが、前半に比べるとジェルを頻繁にとるよう意識し始めていたから。

その不安がサポート仲間に伝わったのか。ありますよーとジェル1個とバー1個をくれた。これはホントに嬉しかった。

意を決してA10を後にする。今回新たに加わったこの区間。前評判では結構キツいと聞いていた。A10で寝れなかったランナーだろうか、この区間には道端で休んでいる姿を多く目にした。いよいよ皆追い込まれている。

1つ目の中ノ倉山はさほどキツくなかった。その先のパノラマ台への道はつらかったが、とにかく耐える。幸運なことに最後の烏帽子岳はほぼ上り返しがなかった。
下りでは足が依然として残っており駆け下る。
ライトは瀕死の状態だったが、サブで持ってきていた小さいヘッドライトを手に持ってなんとか乗り切れた。

駆け下ってからが大変だった。
まずはほぼフラットな樹海。
平地なんだが走れる元気がない。すると夜中だということもあり身体が冷える冷える。
歩いているとどんどん身体が冷えていくので、身体を温めるのを主目的に走るよう努めた。

そして、A11まで残り8kmぐらいからがロード。
それまではまだ未舗装路というので注意力が保てていたが、舗装されていて、しかも緩やかに上っているロードでは注意力もさして要らず、急激に眠気が襲ってきた。おそらく合計で10分も眠れていないのが一気に出てきた感じ。
頑張って前に見えた人の近くまで走って、そこから歩いて抜くというのを繰り返していたが、8kmは余りに長く、途中完全に意識が飛んで、歩道脇の木の枝に顔があたって目が覚めたりするほどだった。

そこに非常にありがたい&幸運なことに、サポートで来ていた仲間が自転車で通りかかり、自分に気づいてくれた。身体が活動を止めようとしているのを感じていたから、暖かいお茶を少し貰い、そこでちょっと会話。それで一気に持ち直した。眠気も薄まりA12を目指すことができた。

A12鳴沢。いよいよ最後のエイド。
残り11.4kmしかない。
それがもう嬉しくって。
エイドで少し横になろうかとも思ったが、意外と元気だったので小休憩だけでエイドを後にした。

足もだいぶ疲れていたが。上りもぐいぐい上り、下りはぶっ飛ばした。
さすがに河口湖畔のロードに出てからはかなり失速したが、結局区間順位を見ると、この区間が一番良かった。

そして、仲間が待つゴールへ。
どうやってゴールしようかなーとか、何て言おうかなーとかいろいろ考えていたが、ゴール100mほど手前で仲間に会ってからは、もうすべて飛んで、流れに乗ってゴールへ。

その時は感動のゴールとか、涙とかはまったくなかったけど、今こうやってこのブログを書いていて、ちょっと感動が襲ってきた。

走っている最中、特に後半は二度とこんな大会は出ない。
次回出るとしてSTYぐらいの距離にしようとしきりに思っていた。
しかし、この距離のレースに出て、ぎりぎりの戦いをしたからわかったことは多い。

反省点としては、

・ただでさえお腹の調子が気になるレースなんだから、レース前のコンディショニングはできるだけ慎重に行なうべき
・寒さが内臓に与える影響を甘くみてはいけない
・眠れなくても横になることで体力が回復する
・事前に、歩いて長時間上る練習もしておかないと上りの足がやられる
・ライトの電池は意外ともたない。ライトが暗いと下り走れない
・小まめな補給の大事さ。最低でも1時間に1度はとる。可能ならば45分に1度ぐらいとってもいいぐらい

逆に自分の強さとしては、
・悪いなりに考えて何とかできる力は身についている
・下りの足は100mile走っても残っている

次回は是非、自分のレースができるようになりたい。
今はその一心。UTMFでもUTMBでも、はたまたその他のレースでも構わないが、100mileにまたチャレンジしたい。

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